研究紹介
私がコケ(地衣類と蘚苔類)の研究で目指しているのは, 「コケを通して環境を知り,コケを利用して環境を守る」 ことです.具体的には以下の3つのテーマについて研究を行っています.
1.地衣類の蛍光を利用した環境評価方法の開発
汚染環境に生育する地衣類は,汚染物質によるストレスを受け, 色素や二次代謝物などの構成比・濃度が非汚染環境のものとは異なります. これらの色素や二次代謝物の多くは蛍光を出すことから, 汚染による構成比・濃度の変化を蛍光測定によって捉えることが可能です. それゆえ,私は,色素や二次代謝物と汚染との関係を明らかにすることで, 地衣類の蛍光を利用した環境評価方法を開発したいと考えています. これまでに,私は,金属汚染環境に生育する地衣類の金属,色素, 二次代謝物などを調べてきましたが,その中で,ヒメジョウゴゴケ(Cladonia humilis) について,アルミニウム濃度が高いほど葉緑素濃度が低いという負の相関関係が得られ, この関係を利用したアルミニウム汚染評価の可能性が示唆されました(Nakajima et al., 2013). また,ヤマトキゴケ(Stereocaulon japonicum)については,銅濃度が高い方が, 葉緑素濃度は高く,二次代謝物の濃度は低いという結果が得られています (Nakajima et al., 2015).この結果と,葉緑素と二次代謝物が蛍光を出すことを合わせると, 蛍光測定によってヤマトキゴケの葉緑素濃度と二次代謝物濃度を求めることで その生育環境の銅汚染評価ができると考えられます.
2.地衣類によるセシウム・ストロンチウム吸着特性の評価
地衣類は重金属だけでなくセシウムなどの放射性物質を蓄積することが知られています. チェルノブイリ原発事故後,北欧に降った放射性物質の一部は地衣類に蓄積され, それを食べて放射能に汚染された数万頭のトナカイが処分されました.日本でも, 福島原発事故後に降下した放射性物質の一部が地衣類に蓄積されていると思われますが, 十分な調査は行われておらず,どの種類の地衣類がどの放射性物質をどれだけ蓄積しているのか といった,地衣類による放射性物質の蓄積に関する基礎データが少ない状況にあります. これらを明らかにすることで,地衣類を利用した放射能汚染の評価や除染が可能になるものと 期待されます.そこで,私は,日本に生育する地衣類のセシウム・ストロンチウムに対する 吸着特性を評価するとともに,その吸着メカニズムを解明して,吸着材としての応用を検討したい と考えています.なお,吸着特性を評価するためのモデル実験では,放射線を出さない 安定なセシウム・ストロンチウムを使っています.
3.蘚苔類が重金属を高濃度で蓄積するメカニズムの解明
蘚苔類の中にも重金属を高濃度で蓄積する種が知られており, 日本には,鉄を蓄積するイワマセンボンゴケ(Scopelophila ligulata), 銅を蓄積するホンモンジゴケ(S. cataractae)などが生育しています.これまでの分析によって, これらのコケが2万ppmもの鉄,銅をそれぞれ蓄積していることがわかっていますが, 蓄積のメカニズムはわからないままです.このメカニズムが解明されれば, それをもとにした重金属の回収や拡散防止のための新たな方法の開発につながるものと期待されます. 私は,日本各地で採集したイワマセンボンゴケの金属と色素を分析して, このコケの鉄蓄積メカニズムを明らかにしたいと思っています.